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マシュー・ブルーム(Matthew Bloom、1974年11月14日 - )は、アメリカ合衆国のプロレスラー。マサチューセッツ州ピーボディ出身。リングネームAトレイン、アルバート、ジャイアント・バーナードなどで知られる。
WWEに所属していたときは、その背中の毛の濃さから「Shave your Back!(背中を剃れ!)」とのコールを観客から受けることが多かった。現在は体毛は剃っており全身に新たにタトゥーを入れていて、乳首や耳にピアスを付けている。日本でブレイクした元WWEレスラー。 目次 [非表示] 1 来歴 2 リングネーム 3 得意技 4 タイトル歴 5 その他 6 外部リンク 来歴 [編集] 学生時代はピッツバーグ大学でアメリカンフットボールをしていた。卒業後はNFLのサンディエゴ・チャージャーズに入り、その後学校の教師をしていた。そして、プロレスラーになるべくキラー・コワルスキーの道場でトレーニングを始める。 プロレスデビューは1997年。インディ団体を経て1999年にWWF(現WWE)入り。WWFでは2000年に名乗りだした「アルバート」のリングネームを使い出すまで、複数のギミック、リングネームを与えられた。 2000年にテスト、トリッシュ・ストラタスと「T&A」を結成。ダッドリー・ボーイズやAPAなどと抗争していた。 2001年に復活したXパック、ECWから移籍してきたジャスティン・クレディブルとヒールユニット「X-Factor」を結成した。WWF対WCW/ECW連合軍のストーリーの中ではケインからIC王座の奪取に成功した(後にランス・ストームに奪われる)。この時期がWWE所属時のハイライトと言える。また、対連合軍ストーリーが終結した後はスコッティー・2・ホッティとタッグを組み、お茶目な一面を見せていた。 2002年に入り、WWEのテレビ番組分割時はスマックダウン側に属した。またポール・ヘイマンのアイデアでリングネームを「Aトレイン」に変更する。ポール・ヘイマンらのチームに属し、ヒールとして活動した。 この時代、体の小さなクリス・ベノワをはじめとした他のレスラーの引き立て役といった位置づけの試合が多かったが、この頃すでにTVテーピングの試合でキン肉バスターを披露するなど(「見たことのない技」と解説された)、日本のプロレスへの興味を示していた。2004年にはスマックダウンからRAWに移籍したが、まったく活躍しないまま同年11月1日にWWEを解雇された。 WWE解雇後は、リングネームを「ジャイアント・バーナード」として、2005年3月20日に全日本プロレスに登場、VOODOO-MURDERSに加入し、4月のチャンピオン・カーニバルで佐々木健介に圧勝したことで一躍脚光を浴びる。2005年末に新日本プロレスへ移籍し、2006年1月4日の東京ドーム興行にて中西学相手に新日本プロレスでの初試合を行った。また同年5月には第2回ニュージャパン・カップでは永田裕志を破り初優勝しIWGPの挑戦権を獲得した。5月3日福岡国際センターでブロック・レスナーの持つIWGPヘビーのタイトルに挑戦もバーディクトでピンフォール負け。しかし見た目で観客を威圧できるキャラクターと、同時にリング外での優等生ぶりも認められ、8月には正式に新日本プロレスの所属選手となった。 2007年元旦に放送されたビートたけしのお笑いウルトラクイズの『字読みプロレス』コーナーに出演した際には、森三中の(まともでない)お色気攻撃に陥落したり、寝起きのお笑い芸人達(主にカンニング竹山等)を襲撃してお仕置きをしたり、朝御飯のオカズを芸人達に分けるなど、お茶目で可愛らしい一面を見せた。来日当初は典型的な怪物キャラクターとして暴れまわるのが仕事であったが、この頃から試合中でも外見に似合わぬ愛嬌を見せるようになり、また同時に日本人好みの試合技術も身につけたことにより「微笑みの圧殺獣」としてベビーフェイス的な人気を呼ぶようになった。 同年3月11日、愛知県体育館においてトラヴィス・トムコをパートナーに中西学&大森隆男組(ワイルド・チャイルド)を下し、第50代IWGPタッグ王座を獲得。約1年間に渡って5度の防衛戦を制覇し、この間G1 TAG LEAGUEでも優勝するなど、最強外人タッグとして暴れ回った(先発を毎回ジャンケンで決めるのがお約束であった)。このタッグは2008年2月にトムコが新日本離脱を表明し、直後の6度目の防衛戦で敗北するまで続いた。 その後もユニットRISEの一員として中邑真輔らと共闘していたが、同年9月の後楽園ホール大会で突如RISEを離脱してG・B・Hへ加入。これをきっかけに再び本来のヒールレスラーとして活動し始めるも、2009年4月に中邑、矢野らが結成した新ユニットCHAOSのメンバーに。CHAOS加入後はカール・アンダーソンとのタッグチーム“バッド・インテンションズ(BAD INTENTIONS)”として天コジ、ワイルド・チャイルドなど様々なタッグチームを撃破。G1 TAG LEAGUEでは始まって史上初となる全戦全勝という快挙を成し遂げ見事優勝を果たした。 リングネーム [編集] ブルームが名乗ったことがあるリングネーム プリンス・アルバート (Prince Albert) アルバート (Albert) Aトレイン (A-Train) ジャイアント・バーナード (Giant Bernard)(現在も使用中) 得意技 [編集] バーナードボム ラストライド(後述)からのライガーボム。空中で開脚した脚を相手の腕に引っ掛けない場合は、バーナードボムではなくビルディングボムと呼ばれる。 バーナードライバー 新日本移籍後に開発したフィニッシュムーブ。リフトアップからのリバース・パイルドライバー。 ボルドーボム ボルドーボム→ディレーラー→ボルドーボムと技名称を変遷、バルドーボムとも表記。 ネック・ハンギング・ツリーで持ち上げ、そのまま相手を後頭部から叩きつける開脚ボム。 リバース・スプラッシュ バーナードライバー開発以前にボルドーボムと共にフィニッシュ・ホールドとして使用。セカンドロープに上った際に客席を見渡すなど余裕タップリで放つ時もあるが、その時はかわされるなどしてだいたい失敗する。 バイシクル・キック ランニング式の二段蹴り。大型の選手がこういった技を得意とするのは極めて稀である。 トレイン・レック 相手を仰向けに担ぎ上げてジャンプし、肩で相手の腰を破壊する。 スピニング・パンケーキ アルゼンチン・バックブリーカーの体勢からのダイヤモンド・カッター。 ラストライド 変形のパワーボム。 滞空式ダブルアーム・スープレックス 滞空時間が非常に長いダブルアーム・スープレックス、そのため受身が取りづらい。 アルゼンチン・バックブリーカー 両肩上に相手を仰向けに担ぎ上げて、相手の背中を反らせてダメージを与える技。 タイトル歴 [編集] PPW PPWヘビー級王座: 1回 PPWヤングガン王座: 1回 WWF/WWE IC王座 :1回 IWGP IWGPタッグ王座 その他 IZWヘビー級王座: 1回 その他 [編集] ジャイアント・バーナードというリングネームは、かつて大木金太郎の耳を角材でそぎ落としたことで知られるブルート・バーナードの息子ということからつけられたが、これはギミックで実際は血縁関係はない。 試合中も耳や唇、乳首などに付けているピアス・アクセサリ類を外すことはない。そのため中西にアルゼンチン・バックブリーカーを掛けられる時にはいつもネックレスを掴んで持ち上げられる。 プライベートでは元教師の肩書きを持つ温和な人柄で知られており、来日外国人レスラーの日本での世話役なども引き受けるほか、中邑をはじめ日本人レスラーとも親交が深い。趣味は読書、愛犬と遊ぶこと。ちなみに、愛犬の名前は「タナー」。 既婚。週刊プロレスでお宅訪問の取材を受け、プールつきの豪邸に住んでいることが判明。 試合に勝利すると、「イヤァアー!」という叫び声を上げ、喜びをアピールする。 PR |
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